チャンスの神様

雑魚寝の船室でちょっとごろごろしてただろうか。

夕暮れ、海に沈む夕日が見られると思い再び甲板へ。

雨は上がっていた。

夕日を見る人で甲板はそこそこいっぱい。

雲に隠れて、しっかりした夕日は見られなかった。

それでも、全く何も無い海に沈む太陽はきれいだった。

 

日が沈み、夕日見物の人は再び船の中へ吸い込まれていって、

僕はそれに逆らって甲板の柵に張り付いてた。

太陽がどんどん消えてどんどん暗くなっていく海をずーと見てた。

太平洋に指輪を投げ捨てるつもりだったのに、

持ってくるの忘れた…とか考えてた。

 

暗くなる海を見て、いろんな事が思い出された。

いいことも悪いことも。

自分はいったい何なのかと、何で自分がこんなことになってるのか、と。

そんな気持ちにさせるのに夜の海は最適だ。

下を見ると海は真っ黒で、

船による白波が見えるくらい。

落ちたら絶対助からない。

 

そんなことを考えてるうちにすっかり暗くなって、

甲板の人もまばらになったとき、

彼女が後ろのベンチに座っていた。

僕は甲板の柵にうなだれて海を見てる。

彼女はベンチに座って、僕と同じ方向の海を見てる。

ベンチには他の女の子も座っていたけど、

二人が話をするような様子はなし。

 

その状況、どのくらい続いたのか…

もうすっかり真っ暗。

別の女の子は船内へ戻っていった。

僕はイアホンを外し、船のエンジン音と、周りの音に耳を集中。

彼女はまだ座っていて、動く気配はない。

 

僕の心がざわつき始める。

頭の中のS君が、

「これは、話しかけるべきなんじゃないのか?

昼間のこともあるし、向こうも僕のことは認識してるはず。

これは話しかかられ待ちだろ、話かけろよ。」

と言う。

もう一人のS君はこう言う。

「いやいや、無理だろ…

断られたら気まずいし、島で会うかもしれんのだよ。

何て声かければいいんだよ。」

 

結局、一人でごちゃごちゃ考えてるうちに、話かけれないままで、

彼女が船の中に入って行くんだろうな…

どうせいつもそうだ。

 

ふと空を見ると、もう星が出ていて、すごくきれいに見えていた。

星を見上げるように、海を背にして柵にもたれてみる。

彼女は動かない。

甲板の人はまばら。

 

中央の平らなベンチが空いてる。

 

中央のベンチに移動しよう。

S君が言う、

「話かけろよ、いいじゃん。」

わかった、中央のベンチに移動して、もし彼女が移動してきたら、声をかけよう。

そうしよう。

あくまで自然を装うとしている自分がアホあらしい。

 

僕はベンチに移動して腰をかけ、両腕を後ろに突っ張って星を眺める。

彼女をチラ見。

動かない。

 

星を眺める。

 

彼女が来た。

本当に来た。

隣のベンチに座ったのだ。

 

チャンスの神様。

 

チャンスの神様は、前髪しか生えていない。

チャンスの神様は、足がすごく速く、自分に向かって走ってくる。

すごく足が速いから、すぐ自分の目の前を通り過ぎて行く。

チャンスの神様を捕まえるには前髪を掴まないといけないんだけど、

すごく足が速いから、一瞬遅れるともう後ろ姿。

チャンスをつかめない。

目の前にきた瞬間に、前髪を掴まないといけない。

 

S君がチャンスの神様に手を伸ばして、

もう一人のS君は出てこなくなった。

 

 

「話かけていい?ずっと外にいるよね。」

 

「うん!」