認識

出航してから約3時間、

まだ遠くに房総半島が見えている。

 船って意外と遅いんだなぁ。

それとも房総半島が長いのか…

 

それでもしばらくすると陸地も見えなくなり、すっかり太平洋。

海は怖いくらいに真っ青で、

甲板は旅の始まり、船の新鮮さに喜ぶ人たち。

 これから誰かと話す機会はあるのだろうか。

一人旅のような人は結構いるようだけど…。

そんないつものように過剰な期待をしつつ、

どうせいつものように何も起こらないんだろうと思う。

 

 

実は船に乗る前から認識していた。

人で混雑していた待合ロビー。

だって目立ってたから。

黒のキャップにサングラスのお一人様。

 

船での過ごし方は人それぞれだけど、

ずっと甲板で海を眺めてる人。

おそらく船室で家族や友人と話している人。

雑魚寝の船室の向かいの仲の良い家族はそうだった。

昔のうちの家族旅行もあんなのだったかもしれない、とか思い出したりして。

 

15時か16時くらいになって、だいたいみんな船にも慣れて、落ち着くころ。

甲板でまだうろうろしてる人はだいたい決まってくる。

同じ行動パターンの人たち。

僕はずっと甲板にいた。

座って落ち着けるところを探してうろうろ。

船の甲板の最上階の中央にある縁側みたいなベンチには日光浴の人、座って話す人。

縁側みたいなベンチは人が多いから嫌だ。

 

たぶんそこに彼女はいた。

黒のキャップにサングラス、ワンピースにテカテカしたサンダル。

「別に…」

とか言いそう。

とても話しかけられるような感じではない。

たぶん他の人もそう思ってたと思うよ。

 

僕はまだ甲板をうろうろして、座るところを探してて、

何回か彼女の前を横切ったりしてた。

でもそんな人はたくさんいた。

僕も黒のキャップにサングラスしてたかな…。

 

中央のベンチからちょっと離れていて、

船の構造で陰になっていて、海に向かって並んでいるベンチが空いたので

僕はそこに腰掛けた。

球場とかの観客席にあるようなベンチは4脚くらい並んでいて、

海に向かって僕一人。

落ち着く。

結局、一人でこうなるんだよね、と。

でもそれは特に悲しくもない。

iPod出してイアホンして、

始めに何聴いたかは覚えてない。

全然読み進まないサン・テグジュペリの小説を開いたりして。

 

 

ふいに、

左側一個を空けたベンチに誰か座った。

彼女だった。

その時彼女はサングラスしてなかったかな、どうだったかな。

わざわざ、ここに座りにくるか?と思ったけど、

何も気にしないふり、小説読む(ふり)。

何も話かけはしない。そぶりも見せない。

当然彼女も何も話しかけて来ない。

彼女も本読み出していたかもしれない。

そんな時間が、数分続く。

 

その時、小説が濡れて、急に大粒の雨が降ってきた。

甲板の人たちはみんな屋根の下へ逃げる。

僕も彼女もベンチから立ち上がり走って甲板から降りる階段へ。

もちろん何も話さない。

雨は強く、甲板から船内へ入る。

 

雨に濡れた人たちでばたばたしてて、いつの間にか彼女を見失ってた。

トイレ行って、船室に帰ろうかと思い中央階段へ出た時、

反対側に彼女がいた。

彼女もこっちを見た、と思う。目が合っただけ。

もちろん何も話さない。

遠い距離ですれ違い、僕は雑魚寝の船室へ戻る。

 

サングラスを外していた彼女は、意外と穏やかな顔をしていた。

雨はすぐに小雨になり、虹が出ていた。